すわえるの日記

ここではイラストを含め様々な物事に対し、自分勝手な考えを書いていきます。

自分のコップレックスに気付いた話とトラウマの話

皆さんはコンプレックスというのを知っていますか?簡単にいえばトラウマなどの過去に起こったことに対し、今になっても恐怖感を感じたりすることなのですが、子供の頃や若いときに何かとつらい経験をした人は今でもこれを引きづっていることが多いでしょう。

そして自分も同じようにコンプレックスによって、周りに迷惑をかけていました。今回はその話をしたいと思います。

 

叱られ続けて期待に応えられなかった時代

 

私が子供の頃は親が勉強をさせるため、塾に通わせたり私立の中学や高校に行かせてくれました。しかし、私があまりにも勉強が出来なかったためことごとくテストではボロボロになり、その都度親や先生に怒られていました。その時はとてもつらかったのを覚えています。

それが原因かは本当のところはわからないけど、ある時から僕の中にはこの感情が芽生えていきました。

「僕は誰よりも偉いんだ」

と。そうやって周りを見下すことで精神に優越感を得て、周りからの叱咤から自分を守っていたのだろうと、今では思っています。

 

そのトラウマ。その時だけですか?

 

しかし残念ながら、これは大人になってからも続きました。何かと叱咤されるたびに自分を守るため、「自分は正しいことをしている・・・周りが理解できないだけ・・・」と思ったり、「僕はこいつよりも偉いんだ!」と証明するため意味が分からない知識を並べて話したり、結局は子供や青年の頃のトラウマを引きずって今を生きています。

 

そしてトラウマは周りに察知される。

 

一つの感情に執着を持った人は、意外と周りにそれを察知されやすい。皆も経験はありませんか。話していて「こいつ自分のことしか考えていないな」とか「自分を偉く見せたいんだな」と思ったことがないですか?

そう思う理由としては、客観的に見ればトラウマなんて周りからすれば関係ありません。そして、その視点から見た人は大体「この人はこんなトラウマをもってそう・・・」など予想ができます。

そしてトラウマは意外と単純な言葉に片付いてしまうことが多いです。僕の場合はただ単に「勉強ができなかったから」と片付けれます。スポーツが苦手でトラウマになった人も「子供の頃に運動ができなかったから」ともとれます。

つまりこのようなトラウマは周りに察知されやすいと思います。

 

トラウマによる行動の変化

 

こうして周りからトラウマを察知されやすくなるのには、トラウマを持った人はある程度行動にそれが現れるからもあると思います。例えば僕の場合は「人に教えること、人を助けること」でした。

一見なんともないことですが、実際に行動を見てみると「誰よりも自分が偉い」と思っている人がそのような行動をすれば、人を見下しながらそのような行動をしてしまうのです。

そして人を見下すなら、「自分が優位なことを相手に示す」ことをしないと「自分が偉い」という地盤は崩れます。つまりそれが察知されるのです。

結果として、その後それを察知されたのか僕は周りから距離を置かれるようになりました。

 

解決策はトラウマの克服?

 

 そしてこの状況から脱しようとトラウマを持った僕は考えました。「そうだ!トラウマを克服すれば今のこの状況から脱せる!」と。しかしそのトラウマ本当に克服できるのでしょうか?

今まで根強く根付いたトラウマは、たとえそれを脱したとしてもあるときを境に発病することもうかがえます。そしてトラウマとは必ずしも一つではありません。一つに見えるものでも、複数に分かれていたりすることもあります。

これらを全て克服しようとすることは骨が折れますし、まず不可能ではないでしょうか。

 

トラウマはもう一人の自分

 

ここでは克服するより、トラウマと一緒に付き合っていこうという話をしたいと思います。トラウマと言っても、要は「過去につらい経験をした自分自身」なのです。

自分の中にいるもう一人の自分が「助けて!助けて!」って泣いているようなものなのです。それなら、一緒に泣き止むまで、付き添ってあげてはどうでしょうか?

これに対しては具体的な案は僕自身もまだ出せませんが、もう一人の自分として認識し、ずっと付き合っていく。トラウマが発病しそうになったら、紙にでもその気持ちを書いて鎮める。そうやってこれからは生きていこうと思います。

 

 

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