すわえるの日記

ここではイラストを含め様々な物事に対し、自分勝手な考えを書いていきます。

真面目なのは本当にいいことなのだろうか

皆さんは真面目な人間を知っているだろうか。周りの誰かにいたり、はたまた自分が真面目な人ということもあると思いますが、その真面目さにあなたはどう思っているだろうか?

 

 

真面目という正しさ

人は真面目な人と聞くと、しっかりしてて忠実に物事をこなす。という人を想像すると思います。まさか真面目な人が卑怯な手を使うとは思わないはずです。

しかしながら、逆に言えば真面目な人というのはこの固定概念に縛られている人とも言えます。

 

 

卑怯な手に弱い真面目

ここでいう卑怯な手とはいうなれば、例えば

 

・仕事を上司にばれないように手抜きをする。

・あの手この手を使って、消費者をだまして商品を売りつける。

・コネを使って技量は身についてないのに出世するなどなど

 

あまり好まれるものはありません。しかしこの卑怯な手に真面目な人は弱いです。

まっすぐな気持ちで突き進むため、手抜きをしている人を見かけたら苛立ったり、まさかこんな有名なメーカーが騙すわけがないと思って、商品を買ってしまったりします。

このことから真面目な人は社会では不遇なポジションになりやすいです。

 

しかし真面目にも種類があって、そんなこと気にしない騙されない真面目な人も確かにいます。ですが、それは耐性がついただけで自分は結局卑怯な手が使えないことになります。

 

 

真面目は生きづらい

正直この世界は、真面目な人が生きやすい世界では決してないです。いくら道徳性がすぐれていて、周りを無条件で助ける聖人でも、今の社会ではお金を稼げなければただのニートという判断になります。

それはしっかりルールを守って、生真面目でいる人でも同じです。

  ルールを守って誰よりも正しいことをしていても、それで結果が出なければ周りは認めてくれません。

 

 

卑怯な手も使おう

真面目な人はあるときにはとても尊敬はされます。それは人としてとても綺麗だからです。しかしただ真面目なだけではこの世界は生きてはいけません。

生きていくためには、情報収集やコネ、真面目でない人とも協力しないといけないのです。

そしてあなたに降りかかる火の粉は、卑怯な手を使わずして突破できないこともあります。なぜなら、あなたの敵は必ずしも真面目な人に優しいわけではないからです。

その中には卑怯な手を使う人を優遇する人もいるでしょう。

 

 

真面目という固定概念に縛られない

最後ですが、私が言いたいのは真面目という言葉に惑わされないでください。周りは真面目でいることを求められても、卑怯な手を使うという選択肢はなくさないでください。卑怯な手が必要になるときは必ず来ますから。

 

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